木像天岸慧広坐像(満昌寺)

横須賀市指定重要文化財

天岸慧広は臨済宗の僧。1273年に生まれ、13歳で建長寺の無学祖元に師事し、東大寺で受戒。円覚寺の首座となり、1320年元に渡り、10年後に帰国。また報国寺を開山した。そして1335年に没する。

鎌倉末期に廃れていた満昌寺に入り、宗派を臨済宗と改めて建長寺末寺にしたという関係がある。この木像には慧広の頭や顔の特徴が写実的に表現されているらしく、没後間もなくつくられたとされている。

鎌倉時代末期と言えば、南北朝時代。
宗家が北条氏に滅ぼされて以降、歴史の表舞台にはあまり出てこなくなった三浦一族だが、南北朝時代に一念発起したのか、再び名前が上がってくる。楠木正成討伐の為、北条の命令に従って上洛し、その後鎌倉幕府打倒を掲げる足利尊氏に従う。尊氏が兵を募った時に、一番に名乗りを上げたのが三浦一族の者だという。

ちょうどその頃に、再び三浦大介義明が祀られている満昌寺が復興しているという事に何か因果めいたものを感じる。

三浦義明は三浦一族の祖霊として崇められていた。そして再び三浦一族が再興のチャンスを狙う時期にその菩提寺が復興する。慧広が再興したからチャンスを狙ったのか、それともチャンスを狙うために慧広を招いたのか……。

この精巧な木像を作った思いは如何だったのだろう。

造り:寄木造り
眼:玉眼

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