木造伝毘沙門天立像(大善寺)

横須賀市指定重要文化財

この木造の姿形は、岩手県中尊寺の増長天立像と酷似している。奥州合戦(1189年)で、源頼朝が平泉の仏教文化に影響を受け、永福寺を建てたように、当時の三浦一族当主である三浦義澄もまた、平泉の仏像に影響を受けたのかもしれない。また同じように平泉様式の仏像は関東に広まっており、この木像はその最南端に位置する。

三浦義澄の代では、頼朝が平家が焼いた東大寺・興福寺を再興している時期で、1185年には運慶が鎌倉にやっていた事もあり、鎌倉御家人の間ではちょっとした仏像ブームが起きていた。三浦半島にも、この時期の仏像が数多く残っている。

三浦一族の仏教への信仰心の現れ……とされているが、もしかしたら、ちょっとカッコイイフィギュアやプラモデルの感覚だったのかもしれない。と、筆者は思う。運慶の巻き起こした仏像ブームの中、奥州遠征で見た中尊寺の仏像……。義澄の心にどう写っただろう。

余談ではあるが、中尊寺境内にある峯薬師堂の授与所に下がっている暖簾の紋が丸に三つ引きだ。
訪ねてみたら「住職が三浦さんだから」とのこと。よそから流れてきた三浦さんなのか、はたまた奥州に残った三浦の縁者なのか、話を伺う時間はなかったのだが……いつかじっくり聞いてみたい。

 

材料:檜
造り:寄木造
目:玉眼

 

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