満昌寺

 1194年9月、源頼朝の意志により、三浦義明追善の為に創設された。
1197年8月27日、三浦義明の17回忌にはここを訪れ、弔いの金品を下されたという。

三浦義明は、古くから源氏に仕える三浦一族の当主。89歳の頃、源頼朝が挙兵の時に、一族を石橋山に向かわせたが、酒匂川の氾濫の為に引き返した。その帰り道に、当時平家方の家人だった畠山重忠と鉢合わせとなり、合戦となる。畠山重忠も、義明の娘の子だったのであるが、戦はもう後戻りはできなくなっていた。義明は衣笠城で「わしはもう思い残すことはない。おまえたちは頼朝様と再会しろ。わしの首は重忠の誉となり、命は頼朝様に捧げる」と一族郎党を海に逃がし、自分は残って討ち死にした。

その事に、源頼朝は深く感銘を受けていて、満昌寺の境内の裏にある御霊明神社の裏と、鎌倉の材木座の来迎寺に三浦義明の墓がある。

その後鎌倉時代中期に三浦一族宗家は滅亡。満昌寺も廃れていたが、鎌倉時代末期に天岸慧広が入寺し、中興開山して臨済宗に改て、建長寺の末寺とした。

宗派:臨済宗建長寺派 (創設時の宗派は不明)
名称:義明山満昌寺
本尊:釈迦如来

住所:
神奈川県横須賀市大矢部1丁目5−10

アクセス:
京急YRP野比駅 衣笠十字路行 満昌寺で下車

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